近況報告、二次加工品の展示など
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100題で、果林と真矢、総士と剣司。
進路希望調査。
進路希望調査。
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秋分をとうに過ぎ、太陽の高度が徐々に低くなってくる。
涼しさよりも肌寒さを感じるようになってきた十月の終わり、学校からの帰り道を、果林は真矢と並んで歩いていた。
「バッカみたい」
そう吐き捨てる。
本当は教室にいたときから、ずっと言いたかったことだった。
「でも大事なことだよ」
「真矢はどうすんの」
放課後、担任に配られたばかりの、進路希望調査の用紙が鞄の中に入っている。
子供たちは卒業したら、アルヴィスで働く。
ただそれだけだ。
自由になるものなんて、ほとんどないに等しいのに、現実を知らせぬまま、こんなものを書かせて何になるというのだろうか。
「病院の跡継ぎなら、お姉ちゃんがいるし。
私が不器用なのはわかってるから、お母さんもそういうの、あまり期待してないんじゃないかな」
「調理実習で、魚をミンチにしたんだっけ?」
「それは言わない約束でしょ!?」
「まぁまぁ……」
宥めると、ふくれっつらの真矢が道の先へと視線を転じた。
「中学の頃、お姉ちゃんは島から出たがってたけど、結局今でもここに残ってる。
道生さんの方が出て行ったんだよね、逆に」
遠見弓子は学校の養護教諭をしている。
彼女が中学生の頃、自分は何をしていただろう。
パイロットにするためだけにアルベリヒドで作られ、里親に出された。
遺伝的に親とつながりがある、真矢たちとは違う、ファフナーのための部品。
そんな現実さえ、あの頃の自分は知らなかった。
「……真矢も島を出たいの?」
夏休みの登校日、東京へ行ったという自分に対し、彼女が羨ましそうにしていたことを思い出した。
「私は不思議とそういうこと、考えたことがなかったな。
……今日会えなくても明日会える。明日会えなくても明後日には会える。この島に住んでるって、そういうことだよね。
近藤くんは『お前には関係ないだろ』ってよく言うけど、この島に住んでる限り、本当に関係ないことなんて、何もないんじゃないかな」
「狭い島だから」
真壁一騎は目の前の物事にあまり疑問を持たない方だが、近藤剣司は真矢の直感的な洞察力を信用しない方だった。
真矢自身にもそれを上手く説明できないのだから、他人にもそれを信じろという方が、確かに無理な話なのかもしれない。
「島から出たら、もう顔を合わせることもなくなるのかな。……死んだ人みたいに。それって、本当に関係なくなるってことだよね」
真矢の父親は、真矢が幼い頃島を出て行ったきり、帰ってきたことがない。
写真は母が全て処分してしまったから、顔ももうおぼろにしか覚えていなかった。
「果林は島を出るの?」
真矢は果林が他のクラスメートと違うことを嗅ぎ取っていたけれど、彼女の常識ではそこまでが限界だった。
この世界では、ここ以外に平和な場所なんてどこにもない。
「私は……、ここにいる。いなくなったりなんてしない。
ここでないどこかなんて、想像したって仕方がないもの。……真矢はどうするの?」
柔らかくなった陽光が、彼女の横顔を照らす。
夏から過ぎた時間は早い。
冬が来るのも、そう遠くないだろう。
それが過ぎたら、果林たちは三年生になる。
「私もここにいるよ。みんなのこと、関係ないなんて、まだ言いたくないから」
「総士は東京の高校を受けるのか?」
「何で、そういう話になるんだ?」
総士の見立て通り、というよりも対抗馬がいない信任投票であったために、剣司はあっさりと生徒会長に当選することができた。
だが例年と違って執行部に経験者が残らなかったので、総士は生徒会室で剣司に帳簿の付け方といった細かいことから教えていた。
「お前、よく親父さんにくっついて、島の外に行ってるだろ。
だから学校もそっちのを受けるんじゃないかと思ってさ」
あまりの常識の差に、総士は愕然とした。
呆れ過ぎて、ため息が出てくる。
「……何だよ?」
「……そういうことも、あるかもしれないな」
彼らが信じている平和な世界でなら、そういう可能性もあるだろう。
むしろこれから先、さらにアルヴィスよりの生活になることが予測される中、それを否定するよりも隠れ蓑にする方が、後々面倒が少ないかもしれないという打算があった。
「え、本当に?」
「そういう剣司はどうなんだ?」
「俺は頭よくないから、たぶん就職だろうなぁ……」
とんとんとシャープペンの先でノートを突き、剣司が頭を掻きながら答える。
二つの常識、想像上の未来が交わることはなかった。
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