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100題、果林と総士。
進路希望調査の続編。
将陵先輩はデフォルトで、登場します。


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蔵前は大事をとって、まだ訓練には復帰していない。
二人きりのミーティングを終えたあと、総士は僚に訊いてみた。

「先輩は進路希望調査に、何て記入したんですか?」
「何だ? いきなり……」

机に行儀悪く腰掛けた僚が、総士を見上げた。

「去年書いたでしょう」

総士は説明にもならない簡潔な言葉を返す。
短い文で全てを伝えようとするのは合理的だが、それを相手が理解できなければ意味がない。
それでもそこそこに長い付き合いであるせいか、僚は総士の言いたいことを把握したようだった。

「ああ、もうそんな時期か。……俺は犬の訓練士だったかな」
「島での需要があまりなさそうな仕事ですね……」

相槌に身も蓋もない。

「うん、だから実際には獣医って書いたと思う。そういう総士は、小さい頃何になりたかったんだ?」
「……ファフナーのパイロット。小さい頃はずっとそう思っていました」

美しいフォルム、圧倒的な力。
けれどそれ以上に、父がそう望んだから、それに叶う存在でありたかった。
子供らしい発想だったと思う。

「なるほど。それじゃあ、第二種任務にはならないよな」
「蔵前は、男の子だから仕方がないと言ってましたよ」

自分がシステムに乗ることが決まった日、彼女は自分の汚い物思いをそう言って溶かしてしまったのだ。

「よくわかってるなぁ。……蔵前の容態はどうだ?」
「抑制剤が効いています。本人の希望通り、ファフナーには乗れるでしょう」

彼女は同化現象に苦しみながらも、ファフナーに乗ることを選んだ。
最初は乗ることをただ恐れていたのに、いつの間にか変わってしまった。

「そういうこと聞いてるんじゃないって、わかってるだろ?」
「先輩は僕になんて言わせたいんですか?」

自分は彼女ほど強くはない。

「……いざとなったら、蔵前を止められるのはお前だけだ、総士」
「同化されかけたくせに、ずいぶんとおめでたいんですね」
「総士」
「いつか消えていく生命に、残される人間ができることは何ですか? ……生きているうちにしたいことがある。だからあなたも今、ここにいるんでしょう?」

決められた宿命。
限られた生命なら、何か一つくらい自分の手で選ばせてやりたい。
絶対的な終わりが変えられないなら、それくらいしか残される者にできることはない。

「俺は止められる立場にないってことか……」

大事に大事に守られて、L計画から遠ざけられた。
短い生命を、少しでも生き延びられるようにと。
けれど、もうダメだとわかったとき、僚は自分からファフナーに乗りたいと申し出た。
最後の最後で、果林と同じ生き方を選んだ自分に、彼女を止める資格はない。
それが遼の選んだ立場だった。



「皆城君、東京の高校受けるんだって? みんな噂してるわよ」
「……噂の出所は剣司か?」

昼休みの屋上は、風が冷たかった。
日差しが和らいだと思ったらすぐこれだ。
春より急な気温の変化、暑さから寒さへと転じるからそう感じるかもしれないが、屋上には人気がなかった。

「さぁ? 私の耳に入ったときには、もうかなり広まってたみたいだけど」

眼下では各学年入り乱れて、野球に興じているようだった。
それに背を向けるように、総士は欄干にもたれかかる。
高所で吹く風は、低地よりも強い。
乱れる髪を、総士は片手で押さえた。

「いちいち否定して回るのも面倒くさい。……これから先、もっと学校を休むことが多くなるからな。もともとアルヴィスの事を隠すために、東京説をばら撒いたのは大人たちなんだ。責任とって口裏を合わせてもらうさ」

別に島外受験ということになっていれば、下見で島外に出てもおかしなところは何一つない。
大人たちに隠す必要はないが、子供たちに対しては口実が必要だった。

「それでいいの?」
「……いいも悪いもないだろう?」

自分一人が後味の悪さを我慢すれば、それで全て上手くいくのだから、文句を言うことでもない。
というよりも、状況に感化されすぎて、違和を違和とも感じ取れなくなっているのしれなかった。

「大人たちは本当の東京を見たことがあるのよね。……外の世界を知ってるから吐ける嘘ってあると思う。そして何も知らないから、憧れることもできるんだと思う。私たちって、存在自体がどこか中途半端なのよね。ここ以外のどこも想像できない」

大人たちが苦難の末に辿り着いた最後の楽園は、自分たちにとって唯一の楽園だった。
どことも比べることのできない、ただ一つの故郷。
ここ以外に行くところなどない。
けれど何も知らない子供たちは、ここ以外のどこかにも世界が広がっていると信じて疑っていないのだ。

「子供でもなく大人でもない、か……。蔵前はまだ何も知らなかった頃、将来何になりたかった?」

僚に聞いたのと同じ質問を果林にもしてみた。

「花屋さんになりたかったこともあったし、学校の先生になりたかったこともあった」
「ありきたりだな」
「もうずいぶん前の話ね。眼鏡をかけてから……。ううん、違う。島のあるべき姿を知ってから、視界が狭くなったような気がするの」

果林がここしばらくかけている眼鏡を外し、空にかざして見せた。
レンズに度は入っていない。
同化現象で赤く染まったまま、戻らぬ瞳を隠すための眼鏡だった。

「大丈夫か?」
「皆城君の方が痛そうな顔してる。平気よ、このくらい」

痙攣などの症状は、投薬によって治まっている。
痛みによって夜眠れないということも、もうなかった。

「僕は代わってやれないからな」

総士は果林ではない。
わからないからこそ、心配せずにはいられなかった。

「じゃあ、側にいて。それで許してあげるわ」

眼鏡をかけなおす。
青い空の下で、何も知らない子供たちは楽しげに遊んでいた。
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