近況報告、二次加工品の展示など
最古記事
前の1,2を読んでない人は、別にこれだけでいいです。
書き直し。
……そこはかとなく僚祐を漂わせてみる。
書き直し。
……そこはかとなく僚祐を漂わせてみる。
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ファフナーはコクピットブロックを受胎する。
丸みを帯びたその形状はまるで生命を抱いた卵のようであり、そこで死ねばすぐさまそれは棺おけに変わる。
けれどそれは、ジークフリードシステムも同じことだった。
CDCの上にある、島に抱かれた卵。
エレベータに腰を下ろせば、そこへ伸びる産道を逆に伝って、中へと入る。
赤い視界、空間上にモニターが複数展開した。
通信が繋がった状態の、蔵前に呼びかける。
「島の北西、距離五〇〇に、スフィンクスA型種出現。敵は一体、慶樹島で迎え撃つ。絶対に本島へ近づけさせるな」
「了解」
海上からファフナーが打ち上げられる。
巨体が地響きを立てて、着地した。
ガルム44でフェストゥムを狙う。
コアに当たらなければ、攻撃は致命傷にならない。
ツヴァイを認識したフェストゥムが黒球を飛ばし、その身体があったはずの地面を抉った。
「敵との距離を詰めろ。離れれば、ワームスフィアが来るぞ」
総士の指示を受けたツヴァイが、中を浮くフェストゥムと同じ視界の高さまで跳躍した。
銃身が火を噴く。
敵の触手が武器を絡めとり、左腕へ巻きついた。
輝く緑色の結晶が、腕を貫通する。
「同化!? いやよ、触らないでっ」
「左腕切断。蔵前、落ち着いてコアを狙え」
左腕と共に失ったガラム44の代わりに、腰にあるマインブレードに手を伸ばした。
右腕で突き立て、確実に刃を折る。
リンドブルムを装備していないツヴァイに飛行能力はない。
フェストゥムから離れ、支点を失ったツヴァイは重力に惹かれて落下を始めた。
一瞬収縮したコアが今度は外へ向かって拡大し、爆発する。
強烈な風が吹きつけ、背中から地面に叩きつけられた。
「マークツヴァイ、大丈夫か?」
ろくな姿勢も取れず、ひっくり返ったままのツヴァイに総士が声をかけた。
「うん、なんとか」
「そうか。ならシュミレーション訓練を終了する。三十分後にブリーフィングルームで反省会だ」
電子式のクリップボードを手渡す。
データの呼び出しだけでなく、付属のペンを使えば書き込みもできるので、話し合いや作業をしながらの入力にはもってこいの装置だ。
画面に触れると、先程終えたばかりのシュミレーションの結果が表示された。
「構想では、遠距離からでも敵のコアを狙撃できるようなタイプも作る予定らしいが、アインもツヴァイもプロトタイプに近い分、基本的な性能しか有していない。僕たちには僕たちに出来る戦いをするしかないだろう。不用意にワームスフィアをばら撒かれれば、島への被害が大きい。敵に接近すれば、相手も巻き添えを恐れて、攻撃を同化へと切り替えてくるはずだ」
今日の訓練では敵に近づいた状態での戦闘時間が稼げず、すぐに同化されてしまったが、そのままフェストゥムとつかず離れずで戦闘を繰り広げるのが理想だった。
「囮になって、できるだけ敵を引き付けろってことね」
「僕たちの使命は敵を倒すことではなく、島を守ることだ」
総士が憮然とした調子で答えた。
「責めてるんじゃないわよ」
ファフナーは機械だから、総士がペインプロックを作動させて破損した箇所を切り離せば、それ以上痛みを感じなくなる。
人間だったらとっくに死んでいるだろう。
それでも戦えるのだ。
少し前までこの島の中でたった二人だから、ただそれだけでわかり合えると、助けてもらえると信じていた。
それがどれだけ相手の負担になっているのか気付かずに。
だから今度は一方的に望むのではなく、自分が彼のために何かしてやりたかった。
自分の手足はシステムを通して、総士に繋がっている。
「私はファフナーになって戦う。同化されかけたら、さっきみたいに皆城君が腕でも足でも切り離して、助けてくれるんでしょう? だったら私は戦うだけよ」
彼はファフナーで戦うことを望んでいた。
ならば彼が望むとおりに戦ってやることだけが、果林のしてやれる唯一のことだ。
アルヴィスやファフナーといったものが、自分たちを結びつける絆なのだから。
「今回の訓練の報告書です」
司令室にいる公蔵に、結果と課題をまとめたものを差し出す。
電気は発電機があるから島の中だけでまかなえるし、金属は海底から発掘することもできる。
けれど紙は貴重な資源だった。
なので情報媒体としてはほとんど使えない。
いまだに使用しているのは、学校の中くらいだろう。
「今すぐに目を通す。少し待てるか?」
「別に構いませんが」
受け取ったカードディスクを、パソコン本体の横に差し込んだ。
公蔵の目が上から下へと滑っていく。
「……一機だけだと負担が大きいな」
島への被害を軽減するために、パイロットに同化を強いるような戦い方のことだろう。
「初期ならばこんなものでしょう。使える機体、使えるパイロットが増えれば、状況は変わってくるでしょうが」
「使える機体か……。それを作り出すためにも、今はお前たちに頑張ってもらわなければならん」
現状は苦しい。
ティターンモデルはクロッシングで繋がったパートナー機としか、行動中、通信を取れない。
無線もあるにはあるが、直接本部と繋げば、フェストゥムの読心能力で読まれる可能性がある。
そのため複数の機体が、連携して戦うことができないという問題点があった。
人類軍ではそもそも作戦ということ自体を放棄しているらしい。
仲間がやられても、誰かがフェストゥムを倒せればよいという、数に物を言わせた人海戦術がまかり通っているのだという。
だが弱い人間がフェストゥムという圧倒的な存在と戦おうというのなら、それでは限界があるのだ。
ノートゥングモデルはジークフリードシステムを機体に搭載していない分、ティターンモデルに比べると小型化で機動性が高い。
さらにクロッシングの相手をシステム搭乗者だけに限定することで、一度に複数の機体を作戦的に展開できるのが、ティターンと違うノートゥングモデルの特長だった。
完成すれば、戦闘のあり方は大きく変るだろう。
「ええ、わかっています」
「パイロットに関しては有事以外の徴兵は難しいが、お前には知っておく義務があるだろう。これを持っていけ」
総士が公蔵に提出したのと、同じ型のディスクを差し出された。
「これは……?」
「パイロット適正データだ」
アルヴィス内でも、司令やアルベリヒド機関の一部にしか閲覧できない、重要機密である。
総士が手にしていいものではない。
「父さん……」
「今の三年生で使える者は、L計画に選抜された。それよりも年嵩の者たちは同化現象やファフナーの開発実験で消えていった。恐らく、島でフェストゥムを迎え撃つことになるのは、お前たちの学年になるだろう」
「……そうですか」
「他の連中はファフナーを使わずに、追撃できないかと考えているようだがな。私はそんなことが通じる相手だとは思っていない。だからこれを渡しておく」
誰が死に、誰が生きるのか。
実際に戦闘に入れば、悩むことができるような時間はもうない。
それは誰にとっても同じだが、極秘資料を総士に横流ししたのは、公蔵の親心だろう。
ディスクを持った手に力が籠もる。
「いざというとき、お前がうろたえれば、パイロットたちも迷う。心を決めておけ」
島の代表としての顔に、父親としてのそれが入り混じる。
「今更余計な心配です。島の子供たちを友達だとは思っていません。最初から僕と彼らではあまりにあり方が違い過ぎた……」
総士が彼らに抱く感情は友情というより、憧れに近い。
自分には手に入らないものを、彼らのうちに見つめてきた。
「確かにお前は他の子供たちとは違う。私がそういうふうに育てたからな」
公蔵がため息を一つ落とす。
「システムに乗れば、非情な判断を迫られることもあるだろう。だがな、総士。それでも情を切り捨てるな」
島にとって総士の考案する戦いが有益であったとしても、それはパイロットを死に追いやる可能性が高い。
「死者はどうやったって生き返らんのだ。十四年――。十四年、この島で過ごした友達なんだろう?」
それは公蔵が総士を育ててきた年数でもあった。
「お前のその気持ちで、パイロットを生かしたまま帰還させてやれ。パイロットも島の一部だ。情を切り捨てれば、その判断を誤ることになるぞ」
「それがL計画を承認したものの言葉ですか?」
夏休み中に島をあとにした人々がいた。
総士のやり方を避難するというのなら、自分はどうだ。
島を守るために、竜宮島に偽装したLボートを囮にしたではないか。
「同行した生駒は生き残る気でいる。だからこそ承認したんだ」
「詭弁、ですね」
「そう思うのは、お前の勝手だ」
公蔵が苦々しく吐き出す。
気持ちとはかけ離れた現状がある。
誰かを犠牲にするしかない。
非難し、非難され、けれど取れる道など限られているのだった。
「今日の任務はもう終わり?」
「ええ、今日は真っ直ぐ帰りますよ」
ジークフリードシステムを扱うには、ファフナーやシステム本体の知識もさることながら、戦術や情報処理についても学ばなければならない。
戦術は元日本自衛軍に所属していた真壁史彦から、また情報処理についてはCDCから教えを請うている状態だ。
CDCに顔を出すと、要澄美に尋ねられた。
「ちゃんと休みなさい。あなたもお父さんも根を詰めて仕事をし過ぎよ」
教師であり、クラスメイトの母親でもある澄美には、小さい頃から知られているせいか、正直頭が上がらない。
自分のことはともかくとして、大して年の変わらない公蔵のことも説教の範疇に入るとは、女にとって男はいつまで経っても子供だということなのだろう。
CDCに配属されている女性三人のうち、既婚者は二人。
主婦の方々は、男やもめの生活状態が気になって仕方ないらしい。
「わかりました。せいぜい気を付けておきますよ」
冷蔵庫の中にはどうせろくなものが入っていない。
今日は早めに切り上げて商店街に寄って帰るかと、予定を立てた。
どこかの誰かでないから家事は得意ではないのだが、一応は父子家庭育ち、簡単なことくらい必要上できるのである。
「その皮肉めいた言い方……。もっと子供らしくしてた方が、可愛く見えて得よ」
「可愛く、ですか……」
「付け入るだけの隙があった方が、周りも手を貸しやすいでしょう? 何でも完璧が美徳ってわけじゃないんだから。よーく覚えておきなさい」
新国連の間者が入り混じる中、弱みになるものは極力少ない方がいいと思う。
けれどファフナーに乗れない大人たちが、子供たちを犠牲にしていると、そのことに罪悪感を感じているのもまた事実だった。
生命を削って戦う子供たちに対して、大人たちがしてやれることが、あまりに少なすぎる。
だからこそ、子供扱いして世話を焼きたがるのだろう。
「わかりました。ご忠告痛み入ります」
「もう、これだから可愛くないって言うのよ」
総士も一度、ファフナーに乗った身だ。
遺伝子の変質はすでに始まっている。
大人たちは酷くそれを気にしているようだった。
ファフナーに乗ることに対して何の疑問も持たず、また乗りたがったのは自分であるから、そのことに関して総士自身は特になんとも思っていない。
すぐに死ぬわけではないのだし、今はシステムのことに頭の半分以上を占められているという有様なのだから、確かに可愛げがなかったかもしれない。
商店街に一番近いゲートから出る。
木々の中に埋もれた建物は、小さい頃は散々物置だとか発電施設だとか、貯水槽だとか、適当に呼ばれていたものである。
つまり用途不明ということだ。
吹きつける風が涼しい。
地下にいては、わからない季節の変化だ。
夏の頃の勢いをなくし、黄色く変わり始めた梢を眺めた。
島の傾斜に合わせて下っていく道を辿る。
「総士、これから帰りか?」
ちょうど総士と行き交う形で、人が上ってくる。
どこに行くにも連れている彼の愛犬は、今日は一緒ではなかった。
「先輩は……」
――アルヴィスですか。
続く言葉を、総士は咽の奥に飲み込んだ。
子供たちがまだ知らないはずの、公然とした島の秘密。
不用意に口にしていいものではない。
そんな総士の気配を察したのか、僚が微笑んだ。
「ノートゥングモデルの次のパイロットに、俺が決まった」
一瞬、総士は僚を凝視した。
カラスの鳴き声がどこからか聞こえてくる。
先に禁を破った僚は、涼しい顔で総士の反応を待っていた。
「……すみません」
「何も謝ることはないだろ」
「僕の不甲斐なさが原因ですから」
総士がアインを乗りこなすことができていれば、僚が選ばれることもなかった。
「そのおかげでチャンスをもらったって思ってるよ。俺、身体がこんなだからL計画から外されただろ。……医者のいない場所なんて、死にに行くようなもんだって、みんなに止められた」
みんなとは計画に参加した三年生や、遠見先生のことだろう。
島では年に何度も卒業式が行われる。
この前は一学期の終業式のときだった。
そしてそのとき、L計画に参加するメンバーの募集が行われたのだ。
「だからいいチャンスだって思った。……一昨日、薬を減らされたんだ。もう回復の見込みがないから、治療薬を減らして痛み止めを処方するってさ……。もう一月早くわかってれば、よかったのにな」
島の秘密を知った者は、早々に卒業し、大人たちに混じって働く。
そうするかどうかは本人たちの意思に任されているが、卒業を選択する者が多かった。
メモリージングが覚醒した状態で、島の表に留まっている総士や果林、僚は例外的な存在である。
総士や果林が留まっているのは、まだ二年生だということもあるが、僚は翔子と同じ、遺伝性疾患が原因だった。
「学生やってる方が、働くよりも気が楽だよ」と以前、言っていたのを覚えている。
「死にに行きたかったんですか?」
「まさか。……祐未の父さんに頼まれたんだ。祐未を頼むって……。結局何も、できそうにないけど」
L計画の立案者は、僚の幼なじみである生駒祐未の父親だった。
彼自身、生命維持装置がなければ生きられない身体だったにも拘らず、作戦に同行した。
「自分は最後まで見届ける義務がある、だから代わりに娘を頼む」というのが彼の言葉だった。
まだ覚醒していない祐未には、父親は病気療養で本土に行ったと伝えてある。
「このまま終わったんじゃ、祐未の父さんやみんなに合わせる顔がないだろ?」
みんなが守ろうとした島を、祐未がこれから生きていく島を守る――。
「じゃあ、その命、僕に預けてください。合わせる顔がない、なんて後悔は絶対にさせませんよ」
彼が島を守るというのなら、自分が彼を島へと生還させよう――。
この島で笑い合った笑顔が少しでも欠けたりしないように。
「いいな、それ。じゃあよろしく、戦闘指揮官殿」
いつもの砕けた調子で、彼が笑った。
家に帰ってきて、荷物を置いてから気が付いた。
商店街で買い物をするつもりが、うっかり忘れてきたらしい。
頭の動きが鈍い。
とっくに覚悟なんてできていると思っていたのに、このざまだ。
父に渡されたディスクを鞄から出す。
パソコンに接続して立ち上げた。
シナジェティックコードの形成数値、――パイロット適正データだ。
誰が死に、誰が生きるのか。
本当は誰も死なせたくなんてない。
だからこそ、知っておく必要があるのだ。
ディスプレイに光る文字。
見た瞬間、目を疑った。
「かず、き……」
一番死に近い場所。
見知ったたくさんの名前、最適任者の一番上に、真壁一騎の名があった。
ファフナーはコクピットブロックを受胎する。
丸みを帯びたその形状はまるで生命を抱いた卵のようであり、そこで死ねばすぐさまそれは棺おけに変わる。
けれどそれは、ジークフリードシステムも同じことだった。
CDCの上にある、島に抱かれた卵。
エレベータに腰を下ろせば、そこへ伸びる産道を逆に伝って、中へと入る。
赤い視界、空間上にモニターが複数展開した。
通信が繋がった状態の、蔵前に呼びかける。
「島の北西、距離五〇〇に、スフィンクスA型種出現。敵は一体、慶樹島で迎え撃つ。絶対に本島へ近づけさせるな」
「了解」
海上からファフナーが打ち上げられる。
巨体が地響きを立てて、着地した。
ガルム44でフェストゥムを狙う。
コアに当たらなければ、攻撃は致命傷にならない。
ツヴァイを認識したフェストゥムが黒球を飛ばし、その身体があったはずの地面を抉った。
「敵との距離を詰めろ。離れれば、ワームスフィアが来るぞ」
総士の指示を受けたツヴァイが、中を浮くフェストゥムと同じ視界の高さまで跳躍した。
銃身が火を噴く。
敵の触手が武器を絡めとり、左腕へ巻きついた。
輝く緑色の結晶が、腕を貫通する。
「同化!? いやよ、触らないでっ」
「左腕切断。蔵前、落ち着いてコアを狙え」
左腕と共に失ったガラム44の代わりに、腰にあるマインブレードに手を伸ばした。
右腕で突き立て、確実に刃を折る。
リンドブルムを装備していないツヴァイに飛行能力はない。
フェストゥムから離れ、支点を失ったツヴァイは重力に惹かれて落下を始めた。
一瞬収縮したコアが今度は外へ向かって拡大し、爆発する。
強烈な風が吹きつけ、背中から地面に叩きつけられた。
「マークツヴァイ、大丈夫か?」
ろくな姿勢も取れず、ひっくり返ったままのツヴァイに総士が声をかけた。
「うん、なんとか」
「そうか。ならシュミレーション訓練を終了する。三十分後にブリーフィングルームで反省会だ」
電子式のクリップボードを手渡す。
データの呼び出しだけでなく、付属のペンを使えば書き込みもできるので、話し合いや作業をしながらの入力にはもってこいの装置だ。
画面に触れると、先程終えたばかりのシュミレーションの結果が表示された。
「構想では、遠距離からでも敵のコアを狙撃できるようなタイプも作る予定らしいが、アインもツヴァイもプロトタイプに近い分、基本的な性能しか有していない。僕たちには僕たちに出来る戦いをするしかないだろう。不用意にワームスフィアをばら撒かれれば、島への被害が大きい。敵に接近すれば、相手も巻き添えを恐れて、攻撃を同化へと切り替えてくるはずだ」
今日の訓練では敵に近づいた状態での戦闘時間が稼げず、すぐに同化されてしまったが、そのままフェストゥムとつかず離れずで戦闘を繰り広げるのが理想だった。
「囮になって、できるだけ敵を引き付けろってことね」
「僕たちの使命は敵を倒すことではなく、島を守ることだ」
総士が憮然とした調子で答えた。
「責めてるんじゃないわよ」
ファフナーは機械だから、総士がペインプロックを作動させて破損した箇所を切り離せば、それ以上痛みを感じなくなる。
人間だったらとっくに死んでいるだろう。
それでも戦えるのだ。
少し前までこの島の中でたった二人だから、ただそれだけでわかり合えると、助けてもらえると信じていた。
それがどれだけ相手の負担になっているのか気付かずに。
だから今度は一方的に望むのではなく、自分が彼のために何かしてやりたかった。
自分の手足はシステムを通して、総士に繋がっている。
「私はファフナーになって戦う。同化されかけたら、さっきみたいに皆城君が腕でも足でも切り離して、助けてくれるんでしょう? だったら私は戦うだけよ」
彼はファフナーで戦うことを望んでいた。
ならば彼が望むとおりに戦ってやることだけが、果林のしてやれる唯一のことだ。
アルヴィスやファフナーといったものが、自分たちを結びつける絆なのだから。
「今回の訓練の報告書です」
司令室にいる公蔵に、結果と課題をまとめたものを差し出す。
電気は発電機があるから島の中だけでまかなえるし、金属は海底から発掘することもできる。
けれど紙は貴重な資源だった。
なので情報媒体としてはほとんど使えない。
いまだに使用しているのは、学校の中くらいだろう。
「今すぐに目を通す。少し待てるか?」
「別に構いませんが」
受け取ったカードディスクを、パソコン本体の横に差し込んだ。
公蔵の目が上から下へと滑っていく。
「……一機だけだと負担が大きいな」
島への被害を軽減するために、パイロットに同化を強いるような戦い方のことだろう。
「初期ならばこんなものでしょう。使える機体、使えるパイロットが増えれば、状況は変わってくるでしょうが」
「使える機体か……。それを作り出すためにも、今はお前たちに頑張ってもらわなければならん」
現状は苦しい。
ティターンモデルはクロッシングで繋がったパートナー機としか、行動中、通信を取れない。
無線もあるにはあるが、直接本部と繋げば、フェストゥムの読心能力で読まれる可能性がある。
そのため複数の機体が、連携して戦うことができないという問題点があった。
人類軍ではそもそも作戦ということ自体を放棄しているらしい。
仲間がやられても、誰かがフェストゥムを倒せればよいという、数に物を言わせた人海戦術がまかり通っているのだという。
だが弱い人間がフェストゥムという圧倒的な存在と戦おうというのなら、それでは限界があるのだ。
ノートゥングモデルはジークフリードシステムを機体に搭載していない分、ティターンモデルに比べると小型化で機動性が高い。
さらにクロッシングの相手をシステム搭乗者だけに限定することで、一度に複数の機体を作戦的に展開できるのが、ティターンと違うノートゥングモデルの特長だった。
完成すれば、戦闘のあり方は大きく変るだろう。
「ええ、わかっています」
「パイロットに関しては有事以外の徴兵は難しいが、お前には知っておく義務があるだろう。これを持っていけ」
総士が公蔵に提出したのと、同じ型のディスクを差し出された。
「これは……?」
「パイロット適正データだ」
アルヴィス内でも、司令やアルベリヒド機関の一部にしか閲覧できない、重要機密である。
総士が手にしていいものではない。
「父さん……」
「今の三年生で使える者は、L計画に選抜された。それよりも年嵩の者たちは同化現象やファフナーの開発実験で消えていった。恐らく、島でフェストゥムを迎え撃つことになるのは、お前たちの学年になるだろう」
「……そうですか」
「他の連中はファフナーを使わずに、追撃できないかと考えているようだがな。私はそんなことが通じる相手だとは思っていない。だからこれを渡しておく」
誰が死に、誰が生きるのか。
実際に戦闘に入れば、悩むことができるような時間はもうない。
それは誰にとっても同じだが、極秘資料を総士に横流ししたのは、公蔵の親心だろう。
ディスクを持った手に力が籠もる。
「いざというとき、お前がうろたえれば、パイロットたちも迷う。心を決めておけ」
島の代表としての顔に、父親としてのそれが入り混じる。
「今更余計な心配です。島の子供たちを友達だとは思っていません。最初から僕と彼らではあまりにあり方が違い過ぎた……」
総士が彼らに抱く感情は友情というより、憧れに近い。
自分には手に入らないものを、彼らのうちに見つめてきた。
「確かにお前は他の子供たちとは違う。私がそういうふうに育てたからな」
公蔵がため息を一つ落とす。
「システムに乗れば、非情な判断を迫られることもあるだろう。だがな、総士。それでも情を切り捨てるな」
島にとって総士の考案する戦いが有益であったとしても、それはパイロットを死に追いやる可能性が高い。
「死者はどうやったって生き返らんのだ。十四年――。十四年、この島で過ごした友達なんだろう?」
それは公蔵が総士を育ててきた年数でもあった。
「お前のその気持ちで、パイロットを生かしたまま帰還させてやれ。パイロットも島の一部だ。情を切り捨てれば、その判断を誤ることになるぞ」
「それがL計画を承認したものの言葉ですか?」
夏休み中に島をあとにした人々がいた。
総士のやり方を避難するというのなら、自分はどうだ。
島を守るために、竜宮島に偽装したLボートを囮にしたではないか。
「同行した生駒は生き残る気でいる。だからこそ承認したんだ」
「詭弁、ですね」
「そう思うのは、お前の勝手だ」
公蔵が苦々しく吐き出す。
気持ちとはかけ離れた現状がある。
誰かを犠牲にするしかない。
非難し、非難され、けれど取れる道など限られているのだった。
「今日の任務はもう終わり?」
「ええ、今日は真っ直ぐ帰りますよ」
ジークフリードシステムを扱うには、ファフナーやシステム本体の知識もさることながら、戦術や情報処理についても学ばなければならない。
戦術は元日本自衛軍に所属していた真壁史彦から、また情報処理についてはCDCから教えを請うている状態だ。
CDCに顔を出すと、要澄美に尋ねられた。
「ちゃんと休みなさい。あなたもお父さんも根を詰めて仕事をし過ぎよ」
教師であり、クラスメイトの母親でもある澄美には、小さい頃から知られているせいか、正直頭が上がらない。
自分のことはともかくとして、大して年の変わらない公蔵のことも説教の範疇に入るとは、女にとって男はいつまで経っても子供だということなのだろう。
CDCに配属されている女性三人のうち、既婚者は二人。
主婦の方々は、男やもめの生活状態が気になって仕方ないらしい。
「わかりました。せいぜい気を付けておきますよ」
冷蔵庫の中にはどうせろくなものが入っていない。
今日は早めに切り上げて商店街に寄って帰るかと、予定を立てた。
どこかの誰かでないから家事は得意ではないのだが、一応は父子家庭育ち、簡単なことくらい必要上できるのである。
「その皮肉めいた言い方……。もっと子供らしくしてた方が、可愛く見えて得よ」
「可愛く、ですか……」
「付け入るだけの隙があった方が、周りも手を貸しやすいでしょう? 何でも完璧が美徳ってわけじゃないんだから。よーく覚えておきなさい」
新国連の間者が入り混じる中、弱みになるものは極力少ない方がいいと思う。
けれどファフナーに乗れない大人たちが、子供たちを犠牲にしていると、そのことに罪悪感を感じているのもまた事実だった。
生命を削って戦う子供たちに対して、大人たちがしてやれることが、あまりに少なすぎる。
だからこそ、子供扱いして世話を焼きたがるのだろう。
「わかりました。ご忠告痛み入ります」
「もう、これだから可愛くないって言うのよ」
総士も一度、ファフナーに乗った身だ。
遺伝子の変質はすでに始まっている。
大人たちは酷くそれを気にしているようだった。
ファフナーに乗ることに対して何の疑問も持たず、また乗りたがったのは自分であるから、そのことに関して総士自身は特になんとも思っていない。
すぐに死ぬわけではないのだし、今はシステムのことに頭の半分以上を占められているという有様なのだから、確かに可愛げがなかったかもしれない。
商店街に一番近いゲートから出る。
木々の中に埋もれた建物は、小さい頃は散々物置だとか発電施設だとか、貯水槽だとか、適当に呼ばれていたものである。
つまり用途不明ということだ。
吹きつける風が涼しい。
地下にいては、わからない季節の変化だ。
夏の頃の勢いをなくし、黄色く変わり始めた梢を眺めた。
島の傾斜に合わせて下っていく道を辿る。
「総士、これから帰りか?」
ちょうど総士と行き交う形で、人が上ってくる。
どこに行くにも連れている彼の愛犬は、今日は一緒ではなかった。
「先輩は……」
――アルヴィスですか。
続く言葉を、総士は咽の奥に飲み込んだ。
子供たちがまだ知らないはずの、公然とした島の秘密。
不用意に口にしていいものではない。
そんな総士の気配を察したのか、僚が微笑んだ。
「ノートゥングモデルの次のパイロットに、俺が決まった」
一瞬、総士は僚を凝視した。
カラスの鳴き声がどこからか聞こえてくる。
先に禁を破った僚は、涼しい顔で総士の反応を待っていた。
「……すみません」
「何も謝ることはないだろ」
「僕の不甲斐なさが原因ですから」
総士がアインを乗りこなすことができていれば、僚が選ばれることもなかった。
「そのおかげでチャンスをもらったって思ってるよ。俺、身体がこんなだからL計画から外されただろ。……医者のいない場所なんて、死にに行くようなもんだって、みんなに止められた」
みんなとは計画に参加した三年生や、遠見先生のことだろう。
島では年に何度も卒業式が行われる。
この前は一学期の終業式のときだった。
そしてそのとき、L計画に参加するメンバーの募集が行われたのだ。
「だからいいチャンスだって思った。……一昨日、薬を減らされたんだ。もう回復の見込みがないから、治療薬を減らして痛み止めを処方するってさ……。もう一月早くわかってれば、よかったのにな」
島の秘密を知った者は、早々に卒業し、大人たちに混じって働く。
そうするかどうかは本人たちの意思に任されているが、卒業を選択する者が多かった。
メモリージングが覚醒した状態で、島の表に留まっている総士や果林、僚は例外的な存在である。
総士や果林が留まっているのは、まだ二年生だということもあるが、僚は翔子と同じ、遺伝性疾患が原因だった。
「学生やってる方が、働くよりも気が楽だよ」と以前、言っていたのを覚えている。
「死にに行きたかったんですか?」
「まさか。……祐未の父さんに頼まれたんだ。祐未を頼むって……。結局何も、できそうにないけど」
L計画の立案者は、僚の幼なじみである生駒祐未の父親だった。
彼自身、生命維持装置がなければ生きられない身体だったにも拘らず、作戦に同行した。
「自分は最後まで見届ける義務がある、だから代わりに娘を頼む」というのが彼の言葉だった。
まだ覚醒していない祐未には、父親は病気療養で本土に行ったと伝えてある。
「このまま終わったんじゃ、祐未の父さんやみんなに合わせる顔がないだろ?」
みんなが守ろうとした島を、祐未がこれから生きていく島を守る――。
「じゃあ、その命、僕に預けてください。合わせる顔がない、なんて後悔は絶対にさせませんよ」
彼が島を守るというのなら、自分が彼を島へと生還させよう――。
この島で笑い合った笑顔が少しでも欠けたりしないように。
「いいな、それ。じゃあよろしく、戦闘指揮官殿」
いつもの砕けた調子で、彼が笑った。
家に帰ってきて、荷物を置いてから気が付いた。
商店街で買い物をするつもりが、うっかり忘れてきたらしい。
頭の動きが鈍い。
とっくに覚悟なんてできていると思っていたのに、このざまだ。
父に渡されたディスクを鞄から出す。
パソコンに接続して立ち上げた。
シナジェティックコードの形成数値、――パイロット適正データだ。
誰が死に、誰が生きるのか。
本当は誰も死なせたくなんてない。
だからこそ、知っておく必要があるのだ。
ディスプレイに光る文字。
見た瞬間、目を疑った。
「かず、き……」
一番死に近い場所。
見知ったたくさんの名前、最適任者の一番上に、真壁一騎の名があった。
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